勝ち組の定義は1つじゃない!戦国武将今川氏真から学ぶ勝ち組の定義

どうもこんにちは、蒲原ゆい(@yk_tarotas)です。

突然ですが、戦国時代で「勝ち組」と言えば誰を思い浮かぶでしょうか?

大体が天下を取った人、歴史に名を残した人を思い浮かべると思います。

具体的には豊臣秀吉とか徳川家康とか伊達政宗とかでしょうか。

今回はそういった人達ではなく、世間一般ではいわゆる負け組に入る人のお話しです。

その名も「今川氏真」

今日は彼の魅力を紹介しつつ、勝ち組について話していこうと思います。

今川氏真って誰?

歴史に疎い人が今川と聞くと、今川義元を思い浮かべるのではないでしょうか。

織田信長が桶狭間の戦いで奇襲した、あの今川義元です。

その今川義元の息子が今川氏真です。

桶狭間で敗れた後の今川家

結論から言いますと、滅亡しました(笑)

  1. 当主の今川義元や家臣が桶狭間で死亡、内部でゴタゴタする
  2. ゴタゴタの隙に徳川家康が三河(愛知県東部)で独立
  3. 以前から海が欲しかった甲斐(山梨県)の武田信玄、同盟を破棄して駿河(静岡県中部〜東部の一部)に侵攻しようと計画
  4. 武田信玄、同じく領地を広げたかった徳川家康と同盟を組む
  5. 北から武田信玄が、西から徳川家康が攻めてくる
  6. 今川家、滅亡

大雑把にいうとこんな感じです。

内部のゴタゴタがもう少し複雑でドロドロしていますが、そこは割愛します。

今川義元存命時は三河・遠江・駿河の3国を持ってた凄いお家だったんですけどねー……。

東海道新幹線でいうと、三河安城駅あたりから熱海手前あたりまでです。範囲が広すぎる。

今川義元が亡くなった8年後の1568年、掛川城で今川氏真の無事と引き換えに、今川家は滅亡しました。

この期間が長いととるか、短いととるかはあなた次第です。

ゆい

私は……、頑張った方だと思うよ。(判官・静岡贔屓)

今川氏真のその後

氏真はその後、大名家として復帰する事はありませんでした。

わかっている事は

  • 嫁の実家(北条家)に逃げた事
  • 北条家の生活が危うくなると家康の元に逃げる
  • 家康の元で嫁と一緒になんだかんだ江戸時代まで生き延びる
  • 子孫もなんだかんだで明治時代まで生き延びる

このくらいでしょうか。

上から3番目のワード、結構重要だから覚えておくように!

乱世に散っていった周りの人達

  • 武田勝頼(武田信玄の息子)→織田信長・徳川家康に攻められた際に妻と共に自害
  • 織田信長→ご存知の通り。明智光秀の謀反を位死亡
  • 北条氏政(嫁の弟)→豊臣秀吉に小田原を攻められて切腹

と、周りの皆様は滅亡したり謀反を受けて志半ばで亡くなっている事が多かったんですね。

今の時代にも言える事ですが、勝ち続ける事ってかなり大変です。

1つの負けで命を落とす戦国時代。せっかくの勝ち組でも一気に滅亡する事だってありえる話だったのです。

どんなに辛い事があっても世も人も恨まない

今川氏真の辞世の句にこんなものがあります。

なかなかに世にも人をも恨むまじ 時にあわぬをを身の咎にして

(もう世の中をも人をも恨んではいない。時代にあっていなかったということが、この身の罪であったのだ)

転落して辛い事もあるかもしれない。

でも世の中や他人を恨んだってどうしようもないのです。

大事なのは、そこからどう生きるか。

戦国大名として才能がなかった今川氏真。

しかし、彼の生き様は「勝ち組」にこだわる今の時代こそ学べるものがあるのではないでしょうか。

勝ち組の定義はあなたの中にある

あなたの「勝ち」はなんですか?

織田信長のように、徳川家康のようにとにかく成功追い続ける人もいます。

私もそうでした。

社会の「勝ち組の価値観」に囚われて一喜一憂していた時期がありました。

病気になって正社員の道は閉ざされてから色々考えてしまいました。

もう織田信長のようにはなれない。でも、今川氏真のようにはなれるかもしれない。

今一度、勝ち組について考えてみませんか?

勝ち続ける事だけが勝ちではありません。生き延びるだけでも儲けもの。

社会の価値観に囚われず、あなたができる勝ちを探してみてくださいね。